温暖化対策・GHG排出削減の用語集

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スコープ2:購入した電力・熱・蒸気の温室効果ガス

現代社会の企業活動において、電力や熱、蒸気は欠かせないエネルギー源です。工場を動かす機械、オフィスを快適にする空調、製品を製造するプロセス…これらすべては、外部から供給されるエネルギーによって支えられています。しかし、こうした「目に見えない」エネルギーの背後には、地球温暖化の原因となる温室効果ガス(GHG)の排出が隠されています。

スコープ2(Scope 2)」とは、まさにこの「他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接的な温室効果ガス排出量」を指します。つまり、自社で燃料を燃やして直接排出する「スコープ1」とは異なり、電力会社や熱供給事業者など、別の企業がエネルギーを生産する過程で排出した温室効果ガスが、そのエネルギーを使う自社の活動と紐付けられて計上されるものです。例えるなら、自家用車(スコープ1)ではなく、電車やバス(スコープ2)に乗る際に、その乗り物が排出するCO2を自分の移動活動の一部として捉えるようなイメージです。

なぜこの間接的な排出量を、わざわざ「スコープ2」として区別し、把握する必要があるのでしょうか?それは、企業が真に環境負荷を低減し、持続可能な社会に貢献するためには、自社が直接排出するガスだけでなく、自社の活動を支えるエネルギー源がどこでどのように作られているかまで意識する必要があるからです。スコープ2は、企業が排出削減の取り組みをより包括的に進めるための重要な指標となります。

なぜスコープ2の把握が重要なのか?:見過ごせない「間接排出」のインパクト

スコープ2の排出量を正確に把握し、その削減に取り組むことは、現代企業にとって喫緊の課題であり、その重要性は多岐にわたります。

第一に、地球温暖化対策への貢献という観点です。多くの企業にとって、購入電力からの排出は、自社が直接排出するスコープ1よりも大きな割合を占めることがあります。特に製造業やデータセンター、オフィスビルを多く持つサービス業などでは、電力消費が事業活動の中核をなすため、スコープ2の排出量が全体の温室効果ガス排出量の大部分を占めることも珍しくありません。この膨大な間接排出量を無視しては、真の排出削減は達成できません。スコープ2の削減は、地球全体の温室効果ガス削減に直接的に貢献することに繋がります。

第二に、法規制や政策への対応です。世界各国や地域で、企業に対する温室効果ガス排出量報告の義務化が進んでいます。多くの制度では、スコープ1に加え、スコープ2の排出量報告も必須とされています。さらに、一部の地域では、再生可能エネルギーの導入目標や排出量上限の設定など、スコープ2に直接影響を与える政策が導入されています。これらの規制に適切に対応し、将来的な罰則やペナルティを回避するためには、スコープ2の正確な把握と管理が不可欠です。

第三に、投資家や金融機関からの評価向上です。近年、企業の環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)への取り組みを重視する「ESG投資」が主流となり、企業の環境パフォーマンスは投資判断の重要な要素となっています。特に気候変動対策においては、スコープ1だけでなく、スコープ2、さらにはスコープ3を含む包括的な排出量削減目標の設定とその進捗が注目されています。スコープ2の排出量削減に積極的に取り組む企業は、持続可能性へのコミットメントが高いと評価され、資金調達の機会拡大や企業価値向上に繋がる可能性があります。

第四に、サプライチェーン全体での排出削減の要請です。大手企業やブランドは、自社の製品やサービスの環境負荷を低減するため、サプライヤーに対しても環境配慮を求める動きを強めています。スコープ2の排出量削減は、サプライチェーンにおける排出削減努力の一部として評価されることが多く、取引先としての競争力を維持・向上させる上でも重要です。また、企業が「RE100(事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際イニシアティブ)」などの国際的な環境イニシアティブに参加する際にも、スコープ2の管理は必須となります。

最後に、企業のコスト削減とレジリエンス強化です。スコープ2の排出量を削減することは、多くの場合、購入するエネルギーの種類を見直したり、エネルギー消費量を削減したりすることに繋がります。これは長期的に見れば、エネルギーコストの削減に直結します。また、再生可能エネルギーへの転換は、化石燃料価格の変動リスクを低減し、エネルギー供給の安定性を高めることで、企業の事業継続性(レジリエンス)を強化する効果も期待できます。

このように、スコープ2の把握と削減は、単なる環境対策に留まらず、企業の競争力、ブランド価値、そして持続可能な成長に直結する重要な経営戦略なのです。

スコープ2の具体的な排出源と算定方法:「ロケーション基準」と「マーケット基準」

スコープ2の排出量算定には、主に「ロケーション基準(Location-based method)」と「マーケット基準(Market-based method)」という二つの方法があります。これらの基準を理解することが、スコープ2の排出量を正確に把握する上で非常に重要です。

スコープ2の排出源

スコープ2の排出源は、シンプルに「他社から購入し、自社で消費するエネルギー」と考えることができます。具体的には以下のものが含まれます。

  • 購入した電力:最も一般的なスコープ2の排出源です。電力会社から購入し、工場、オフィス、店舗などで使用する電気のすべてが該当します。
  • 購入した熱:地域熱供給システムなどから購入し、暖房や給湯、プロセス加熱などに使用する熱エネルギーが該当します。
  • 購入した蒸気:外部の事業者から供給され、工場などでプロセス蒸気として使用する蒸気エネルギーが該当します。

スコープ2の算定方法:二つのアプローチ

1. ロケーション基準(Location-based method)

ロケーション基準は、「電力を使用している場所(ロケーション)の電力網全体の平均的な排出係数を用いて計算する」方法です。この方法は、特定の地域の電力供給ミックス(石炭火力、天然ガス火力、原子力、再生可能エネルギーなどの割合)がどうなっているかを反映します。つまり、同じ量の電力を使っても、再生可能エネルギー比率が高い地域と、化石燃料比率が高い地域では、排出量が大きく異なるという考え方に基づいています。

  • 特徴
    • 電力系統全体の平均的な排出強度を反映するため、個別の電力契約内容(再生可能エネルギー由来かどうかなど)は考慮されません。
    • 特定の地域全体の電力構造の改善が、すべての電力消費者の排出量削減に反映されるという考え方です。
  • 主な用途:国や地域全体の排出傾向を把握したり、政策立案に用いられたりすることが多いです。また、企業が自社の排出量を大まかに把握する際の基準としても用いられます。
  • 算定方法:使用電力量(kWh) × 当該地域の電力系統排出係数(kgCO2e/kWh)

2. マーケット基準(Market-based method)

マーケット基準は、「電力契約の内容(購入した電力の質)を反映させて計算する」方法です。これは、企業が再生可能エネルギー由来の電力プランを選択したり、再生可能エネルギー証書(例:グリーン電力証書、I-RECなど)を購入したりした場合に、その環境価値を排出量算定に反映させることができるのが最大の特徴です。

  • 特徴
    • 企業がどのような電力契約を結んでいるか、またはどのような環境証書を購入しているかによって排出量が変動します。
    • 再生可能エネルギーへの投資や選択が、直接的に自社の排出量削減に貢献していることを示すことができます。
  • 主な用途:RE100のような国際的な環境イニシアティブへの参加、企業の環境パフォーマンスの開示、サプライチェーンでの排出量削減目標の設定など、企業が積極的に排出削減に取り組んでいることをアピールする際に用いられます。
  • 算定方法
    • 電力契約に基づく算定:再生可能エネルギー由来の電力契約の場合は排出係数をゼロまたは非常に低く設定し、それ以外の契約の場合は当該契約の排出係数を使用します。
    • 証書に基づく算定:再生可能エネルギー証書を購入した場合は、その証書が示す再生可能エネルギーの量に応じて、使用電力量から排出量を相殺します。証書がない場合は、当該地域の残余排出係数(再生可能エネルギーの環境価値が他の電力消費者に売却された後の、残りの電力の平均排出係数)を使用します。

企業は通常、この両方の基準でスコープ2排出量を報告し、それぞれの数値が持つ意味を理解した上で、排出削減戦略を立てることが求められます。特に、環境への積極的なコミットメントを示すためには、マーケット基準での削減努力が不可欠となります。

スコープ2削減の具体策と企業戦略:グリーン電力へのシフト

スコープ2排出量の削減は、企業が気候変動対策を推進する上で、非常に大きな影響を与えることができます。多くの企業にとって、電力消費は事業活動の中核をなすため、スコープ2の削減は、企業の環境負荷全体を大きく引き下げる可能性を秘めています。主な削減策は以下の通りです。

1. 再生可能エネルギーの導入・購入

これがスコープ2削減の最も直接的で効果的な方法です。

  • 再生可能エネルギー電力プランへの切り替え:電力会社が提供する、再生可能エネルギー由来の電力プラン(例:実質再生可能エネルギー100%の料金プラン)に契約を切り替えます。これは、比較的簡単に導入できる方法です。
  • オンサイトPPA/オフサイトPPA契約
    • オンサイトPPA(Power Purchase Agreement):自社敷地内に太陽光パネルなどを設置し、発電事業者から電力を購入する契約です。初期投資なしで再生可能エネルギーを導入できるメリットがあります。
    • オフサイトPPA:離れた場所にある再生可能エネルギー発電所から、電力系統を通じて電力を購入する契約です。敷地面積の制約を受けずに大量の再生可能エネルギーを調達できます。
  • 再生可能エネルギー証書の購入:グリーン電力証書やI-REC(国際再生可能エネルギー証書)などを購入することで、自社が消費する電力の排出量を実質的にゼロにすることができます。これは、再エネ設備を直接導入できない場合に有効な手段です。
  • 自家発電設備の導入(再生可能エネルギー源):太陽光発電や風力発電設備などを自社で設置し、発電した電力を自家消費することで、スコープ2排出量を削減します。

2. エネルギー効率の徹底的な改善

使用する電力、熱、蒸気の総量を減らすことは、排出削減の基本中の基本です。

  • 省エネ機器への更新:高効率なLED照明、インバーター制御のモーター、省エネ型空調システムなどへ交換します。
  • エネルギーマネジメントシステムの導入:AIなどを活用したシステムで、エネルギー消費をリアルタイムで監視・最適化し、無駄を排除します。
  • 生産プロセスの見直し:製造工程における無駄な電力消費を特定し、プロセスの改善や合理化を図ります。
  • 従業員の意識改革と行動変容:クールビズ・ウォームビズの推進、こまめな消灯、空調設定温度の適正化など、日々の業務における省エネ行動を徹底します。

3. 熱・蒸気利用の効率化と低炭素化

購入熱・蒸気もスコープ2に含まれるため、その削減も重要です。

  • 熱回収システムの導入:工場などで発生する排熱を回収し、再利用することで、外部からの熱供給量を減らします。
  • コジェネレーションシステム(熱電併給)の導入:自社で発電する際に発生する廃熱を、暖房や給湯に利用することで、エネルギーの総合効率を高めます。ただし、燃料を燃焼させる場合はスコープ1にも関連します。
  • 未利用熱源の活用:近隣の工場からの排熱や下水熱など、未利用の熱源を活用する検討も有効です。

これらの削減策は、短期的なコスト削減だけでなく、企業の長期的な競争力強化、ブランドイメージ向上、そして持続可能な社会への貢献という点で、非常に大きな戦略的価値を持ちます。スコープ2の排出量削減は、企業が環境経営を推進する上で、最も実践的で、かつ大きなインパクトを生み出せる領域と言えるでしょう。

スコープ2のその先へ:スコープ1・3との連携で広がる可能性

スコープ2の排出量把握と削減は、企業の温室効果ガス排出量管理において不可欠なステップですが、これを単独で捉えるだけでは十分ではありません。真に包括的な排出削減を目指すためには、スコープ1、そしてスコープ3と連携した取り組みを進めることが極めて重要です。

  • スコープ1との連携:自社で燃料を燃やすスコープ1と、他社からエネルギーを購入するスコープ2は、密接に関連しています。例えば、自家発電設備の燃料を再生可能エネルギーに転換すればスコープ1の削減に、電力会社から再生可能エネルギーを購入すればスコープ2の削減に繋がります。両者を統合的に管理することで、企業全体の排出量を効率的に削減できます。
  • スコープ3との連携:スコープ2の削減は、サプライチェーン全体の排出量削減にも寄与します。特に、製品の原材料を生産する過程や、製品を輸送する過程で使用される電力・熱・蒸気は、サプライヤーのスコープ2排出量として計上され、それが自社のスコープ3排出量の一部となります。自社が率先してスコープ2を削減し、そのノウハウや成功事例をサプライヤーと共有することで、サプライチェーン全体の排出量削減を促進し、持続可能なサプライチェーンの構築に貢献できます。

企業が気候変動に対して真に責任ある行動を取るためには、自社の排出量を網羅的に把握し、スコープ1、2、3のすべてにおいて削減努力を重ねる必要があります。スコープ2への積極的な取り組みは、企業が環境問題に対して「見えない部分」にも目を向け、真剣に解決しようとしている姿勢を示すものです。これは、企業の信頼性を高め、未来のビジネスをリードするための重要な要素となるでしょう。

地球の未来は、私たち企業と個人のエネルギー選択にかかっています。スコープ2の理解と削減は、その責任を果たすための重要なステップなのです。