温暖化対策・GHG排出削減の用語集

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スコープ1:自社の活動から直接排出される温室効果ガス

近年、「温室効果ガス(GHG)排出量」という言葉を耳にする機会が非常に増えました。地球温暖化対策が企業の経営戦略においてますます重要な位置を占めるようになる中で、企業は自社の排出量を正確に把握し、削減する責任を負っています。しかし、「排出量」と一口に言っても、その種類や範囲は多岐にわたります。その中でも最も基本的な分類の一つが「スコープ1」と呼ばれるものです。

スコープ1とは、簡単に言えば「事業者自身が所有している、あるいは直接管理している設備や活動から、直接排出される温室効果ガスの量」を指します。まるで、自分の家でガスコンロを使ったり、自家用車を運転したりする際に排出されるガスのように、事業者が「自らの手で」排出している温室効果ガスがこれに当たります。

例えば、工場に設置されたボイラーを動かすために燃料を燃やした時に出る煙、自社で保有している社用車やトラックがガソリンを燃やして走る時に出る排気ガス、あるいは自社の敷地内で稼働している発電設備からの排出などがスコープ1に分類されます。これらはすべて、事業者の直接的な管理下にある排出源であり、事業者が排出量を削減するための具体的な行動を直接的に起こせる領域であるため、温室効果ガス排出量算定の出発点として最も重要視されています。

なぜスコープ1の把握が重要なのか?:その背景と役割

企業がスコープ1の排出量を正確に把握し、その削減に取り組むことは、現代のビジネスにおいて不可欠な要素となっています。その背景には、地球温暖化問題の深刻化と、それに対応するための社会的な要請の高まりがあります。

まず、企業には社会的責任(CSR)として、地球環境保全に貢献する義務があります。自社の活動が環境に与える影響を認識し、その負の側面を最小限に抑えることは、企業倫理の基本です。スコープ1の排出量は、まさに企業が直接的に環境に与える負荷を示す指標であるため、これを削減することは、企業が社会の一員として果たすべき責任の第一歩となります。

次に、法規制の強化が挙げられます。世界各国で温室効果ガス排出に関する規制が強化されており、排出量の報告義務や排出量取引制度の導入が進んでいます。日本でも、地球温暖化対策推進法に基づく排出量算定・報告・公表制度があり、特定の大規模排出事業者にはスコープ1の排出量報告が義務付けられています。これらの規制に適切に対応するためには、スコープ1の排出量を正確に把握し、管理することが必須となります。

さらに、投資家や金融機関からの評価も、スコープ1の重要性を高めています。近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が世界的に拡大しており、企業の環境への取り組みは、投資判断の重要な要素となっています。スコープ1の排出量削減目標の設定とその進捗は、企業の環境経営への真剣度を示す指標として重視され、資金調達の面でも有利に働く可能性があります。

また、消費者や取引先からの期待も無視できません。環境意識の高い消費者は、製品やサービスを選ぶ際に、その企業の環境への取り組みを重視する傾向にあります。サプライチェーン全体での排出量削減が求められる中で、取引先企業もまた、スコープ1を含む自社の排出量削減に積極的に取り組む企業をパートナーとして選ぶ傾向が強まっています。

最後に、スコープ1の把握は、企業自身のコスト削減と効率化にも繋がります。燃料消費量の削減やエネルギー効率の改善は、排出量削減だけでなく、光熱費や燃料費の削減にも直結します。排出量のデータに基づいて具体的な削減目標を設定し、実行することで、事業活動全体の効率性が向上し、長期的な競争力強化にも貢献します。

スコープ1の具体的な排出源と算定方法

スコープ1に含まれる温室効果ガス排出源は多岐にわたりますが、主に以下の4つのカテゴリーに分類されます。

1. 燃料の燃焼(定置発生源・移動発生源)

これは、事業者が所有または管理する設備(ボイラー、工業炉、発電機など)や車両(自動車、航空機、船舶など)が、燃料(石炭、石油、天然ガス、プロパンガスなど)を燃焼させる際に排出される温室効果ガスです。

  • 定置発生源:工場やビルの暖房、プロセス加熱などに使用されるボイラー、自家発電設備などが該当します。
  • 移動発生源:社用車、輸送用トラック、フォークリフト、建設機械、船舶、航空機など、事業者が直接所有またはリースして運用する移動体からの排出が該当します。

算定方法:使用した燃料の種類と量に、それぞれの燃料に設定された排出係数(燃料1単位あたりに排出されるCO2量など)を乗じて計算します。例えば、ガソリンの使用量とガソリンの排出係数からCO2排出量を算出します。

2. プロセス排出

これは、特定の産業プロセス(製品の製造工程)において、化学反応などによって直接排出される温室効果ガスです。燃料の燃焼とは異なります。

  • :セメント製造における石灰石の分解、鉄鋼製造におけるコークスの使用、化学製品の製造過程で発生するフロン類などが該当します。

算定方法:生産量や使用原料の量、特定のプロセスの排出係数などに基づいて計算します。詳細な排出量は、工場ごとの設備や生産プロセスによって大きく異なります。

3. 漏洩排出

これは、冷媒(エアコン、冷蔵庫など)や消火剤、製造設備などに使用される温室効果ガス(HFCs、PFCs、SF6、NF3など)が、機器の故障や老朽化、メンテナンス時の不適切な取り扱いなどにより大気中に漏洩するものです。メタン(CH4)や亜酸化窒素(N2O)も、特定の産業や農業活動で漏洩する場合があります。

  • :オフィスのエアコンからの冷媒漏洩、半導体製造工場でのプロセスガス漏洩などが該当します。

算定方法:機器の冷媒充填量、追加充填量、機器の稼働年数、漏洩率などに基づいて計算します。定期的な点検と修理が排出削減に直結します。

4. 農業分野からの排出(該当する場合)

農業を営む事業者(畜産農家、稲作農家など)の場合、家畜の腸内発酵によるメタン(CH4)排出や、水田からのメタン排出、肥料からの亜酸化窒素(N2O)排出などがスコープ1に該当します。

算定方法:飼育頭数、家畜の種類、稲作面積、肥料の使用量などに基づいて計算します。農業特有の排出源であり、その算定には専門知識が必要です。

総スコープ1排出量について

これらの排出源から発生する温室効果ガスをすべて合計し、二酸化炭素換算(CO2e)で表示することで、事業者の総スコープ1排出量が算出されます。このプロセスは、データ収集、計算、そして検証という非常に厳密なステップを要します。

スコープ1削減の具体策と企業戦略

スコープ1排出量の削減は、企業が気候変動対策を推進する上で最も直接的で、かつ最も影響力のある取り組みの一つです。具体的な削減策は、企業の業種や事業内容によって異なりますが、一般的に以下の戦略が考えられます。

1. エネルギー効率の改善

  • 高効率機器への更新:老朽化したボイラーや工業炉、モーター、空調設備などを、最新の高効率モデルに交換することで、同じ生産量やサービス提供量でも使用エネルギーを削減できます。
  • 生産プロセスの最適化:製造工程における無駄なエネルギー消費を特定し、プロセスの見直しや自動化、熱回収システムの導入などで効率を向上させます。
  • 省エネ診断の実施:専門家によるエネルギー診断を受け、具体的な省エネ改善策を特定し、実行に移します。

2. 燃料転換と再生可能エネルギーの導入

  • 低炭素燃料への転換:石炭から天然ガス、重油からLNG(液化天然ガス)など、より炭素排出量の少ない燃料への転換を進めます。
  • バイオマス燃料の活用:木質ペレットやバイオエタノールなど、再生可能なバイオマス燃料への切り替えを検討します。バイオマス燃料は、燃焼時にCO2を排出しますが、原料の成長過程でCO2を吸収するため、カーボンニュートラルな燃料とみなされる場合があります。
  • 自家消費型再生可能エネルギーの導入:自社の敷地内に太陽光発電パネルや小型風力発電設備を設置し、自家消費することで、電力消費に伴う間接排出だけでなく、自家発電設備からの直接排出も削減できます。

3. プロセス排出の削減

  • 革新的技術の導入:セメントや鉄鋼など、大量のプロセス排出を伴う産業では、CO2回収・貯留(CCS)技術の導入や、排出量の少ない新しい製造プロセスの開発・採用が不可欠です。
  • 代替原材料の検討:排出量の少ない代替原材料への切り替えや、リサイクル材の積極的な利用を進めます。

4. 漏洩排出の管理強化

  • 定期的な点検とメンテナンス:冷媒やガスを使用する機器の定期的なリークチェックと、早期の修理を行うことで、漏洩排出を最小限に抑えます。
  • 低GWP(地球温暖化係数)冷媒への転換:HFCsなどの地球温暖化係数の高い冷媒から、より環境負荷の低い自然冷媒や低GWP冷媒への転換を進めます。

5. 従業員の意識改革と行動変容

  • 社内教育・啓発:従業員一人ひとりが排出削減の重要性を理解し、日々の業務で省エネ行動や廃棄物削減を実践するよう促します。
  • 目標設定とインセンティブ:部署ごとの排出量削減目標を設定し、達成度に応じたインセンティブを設けることで、従業員のモチベーションを高めます。

スコープ1削減策について

これらの削減策は、短期的な視点だけでなく、企業の長期的な成長戦略の一部として位置づけられるべきです。スコープ1排出量の削減は、単なるコストではなく、企業価値を高め、持続可能な未来を築くための戦略的投資であると認識することが重要です。

スコープ1のその先へ:スコープ2・3との連携

スコープ1の排出量把握と削減は、企業の温室効果ガス排出量管理の第一歩に過ぎません。企業が排出量全体を網羅的に把握するためには、さらに「スコープ2」と「スコープ3」という概念を理解し、これらを含めた取り組みを進める必要があります。

  • スコープ2:事業者が購入した電力、熱、蒸気の使用に伴う間接排出量。例えば、電力会社から購入した電気を使って工場を動かす際に発生する排出がこれに当たります。
  • スコープ3:サプライチェーン全体からの排出量。自社の製品やサービスの原材料調達から、製造、物流、販売、使用、廃棄に至るまでのすべての段階で発生する、非常に広範な排出量です。

スコープ1の削減はもちろん重要ですが、より大きな影響を与えるためには、スコープ2、そして特に複雑で多大な排出量を含むスコープ3までを視野に入れた包括的な排出量管理が不可欠です。企業は、まずスコープ1の削減に注力し、その成功体験を基に、サプライチェーン全体を巻き込んだ排出削減へと取り組みを拡大していくことが求められます。

地球の未来は、私たち企業と個人の行動にかかっています。スコープ1排出量の正確な把握と削減は、その責任を果たすための重要な第一歩なのです。