
温暖化対策・GHG排出削減の用語集
約束期間:地球の未来を賭けた、国際社会の「時間枠」と「責任」の物語
私たちの地球は今、かつてないスピードで温暖化し、異常気象、大規模な自然災害、そして生態系の破壊といった深刻な脅威に直面しています。この気候変動という人類共通の課題に立ち向かうため、国際社会が連携して策定したのが「気候変動枠組条約(UNFCCC: United Nations Framework Convention on Climate Change)」です。1992年の地球サミットで採択されたこの条約は、温室効果ガスの排出削減という喫緊の課題に対し、各国が協力して取り組むための土台を築きました。
この壮大な国際協定の中で、特に重要な役割を果たすのが「約束期間(Commitment Period)」という概念です。約束期間とは、まさに「目標達成のための具体的なタイムリミット」。各国が合意した温室効果ガス排出削減目標を、いつからいつまでに達成するのか、その期間と責任を明確にするための枠組みなのです。これは、単なる数字遊びではありません。約束期間は、各国の気候変動対策への真剣度を測る物差しであり、その進捗を評価し、さらなる行動を促すための重要な指標となります。
気候変動枠組条約は、その後の「京都議定書」や「パリ協定」といった具体的な合意へと進化を遂げてきました。特にパリ協定では、全ての締約国が自主的な排出削減目標(NDC: Nationally Determined Contribution、国が決定する貢献)を設定し、その達成に向けて具体的な政策と措置を講じることが義務付けられ、約束期間の考え方も新たな形へと発展しました。この「約束」の積み重ねこそが、地球の未来を左右する鍵を握っているのです。
では、この「約束期間」がどのように制定され、私たちの地球にどのような影響を与えてきたのでしょうか。そして、なぜ今、より野心的な「約束」が求められているのでしょうか。その歴史と意義、そして未来への展望を深く掘り下げていきましょう。
気候変動枠組条約の誕生と「約束期間」の進化
気候変動への国際的な取り組みは、科学的な知見の深化とともに、段階的に進化してきました。その中心にあったのが、温室効果ガス排出削減の「約束期間」の概念です。
1.気候変動枠組条約(UNFCCC):地球温暖化対策の原点
1992年、ブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミット(国連環境開発会議)で、「気候変動枠組条約」が採択されました。この条約は、地球温暖化が人類共通の懸念事項であると認識し、温室効果ガス排出量を安定化させることを究極の目標としました。初期の段階では、先進国に排出削減の「率先した努力」を求めつつも、具体的な削減義務は課さず、各国が自主的に目標を設定するという緩やかな枠組みでした。しかし、この条約が、その後の国際的な気候変動交渉の基盤を築いたことは間違いありません。
2.京都議定書:初めての法的拘束力を持つ「約束期間」
気候変動枠組条約だけでは具体的な排出削減が進まないという課題に対し、1997年に日本で開催されたCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)で、「京都議定書」が採択されました。この議定書が画期的だったのは、一部の先進国に対し、法的拘束力を持つ温室効果ガス排出削減目標と、その達成のための具体的な「約束期間」を初めて設定した点にあります。
- 第1約束期間(2008年〜2012年):この期間は、京都議定書の中心的な目標達成期間でした。先進国は、1990年を基準として、それぞれの国に定められた目標(例:日本は6%削減)を達成するために、国内政策や、排出量取引などの「京都メカニズム」と呼ばれる柔軟性措置を活用して取り組みました。
- 第2約束期間(2013年〜2020年):一部の国が第2約束期間にも参加し、引き続き排出削減に取り組みました。しかし、アメリカやカナダが京都議定書から離脱するなど、国際的な枠組みとしての限界も見え始めていました。
京都議定書は、先進国と途上国との間で責任を分けるという「共通だが差異ある責任」の原則に基づき、先進国にのみ削減義務を課しました。これは、歴史的に温室効果ガスを多く排出してきた先進国が、まず率先して行動すべきだという考え方に基づいています。しかし、中国やインドといった途上国の経済発展に伴う排出量増大が顕著になるにつれて、全ての国が参加する新しい枠組みの必要性が認識されるようになりました。
3.パリ協定:全ての国が参加する「国別貢献目標」と新たな「約束」
2015年に採択された「パリ協定」は、気候変動対策の歴史における大きな転換点となりました。京都議定書とは異なり、この協定は、全ての締約国(先進国、途上国を問わず)が自主的に「国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution: NDC)」を設定し、その達成に向けて努力することを義務付けました。
- 目標設定の義務化:各国は、5年ごとにNDCを提出し、その目標を継続的に更新・強化していくことが求められます。これにより、特定の「約束期間」に縛られるのではなく、各国が自国の状況に応じて継続的に野心的な目標を掲げ、対策を進めるという柔軟かつ継続的なアプローチが採用されました。
- 長期目標の設定:パリ協定は、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して「2℃よりも十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という長期目標を掲げました。この目標達成のためには、今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出を実質ゼロにする「ネットゼロ」を達成する必要があります。
- 「グローバル・ストックテイク」:パリ協定では、5年ごとに各国のNDCの進捗状況や、世界全体の排出削減目標に対する達成度を評価する「グローバル・ストックテイク」と呼ばれる仕組みが導入されました。これにより、国際社会全体で進捗を確認し、目標の引き上げを促すメカニズムが機能します。
パリ協定は、京都議定書での反省を活かし、全ての国が「約束」に参加するという包括的な枠組みを構築しました。これにより、約束期間の概念は、より動的で継続的な「目標更新とレビューのサイクル」へと進化を遂げたと言えるでしょう。
「約束期間」の重要性と未来への挑戦:1.5℃目標達成のために
約束期間、そしてパリ協定下のNDCという形で示される各国の目標は、単なる数字や期間の合意に留まりません。これらは、地球の未来、そして私たちの生活のあり方を大きく左右する、極めて重要な意味を持っています。
1.目標の達成状況評価と透明性の確保
約束期間やNDCは、各国の気候変動対策の進捗を客観的に評価する基準となります。これにより、どの国が目標達成に向けて努力しているのか、あるいは不足しているのかが明らかになり、国際的なプレッシャーや支援の必要性を判断する材料となります。透明性の確保は、国際社会全体の信頼と協力関係を築く上で不可欠です。
2.行動の加速と野心的な目標の必要性
しかし、現状のままでは、各国の目標が不十分であるという厳しい現実があります。国連環境計画(UNEP)などの報告書は、現在のNDCの積み重ねでは、世界の平均気温上昇を1.5℃に抑えるというパリ協定の目標達成は困難であり、今世紀末には2.5℃以上の温度上昇が予測されると警鐘を鳴らしています。このままでは、地球は取り返しのつかないほどの異常気象や災害に見舞われる可能性が高まります。
そのため、COP26(2021年、英国グラスゴーで開催)以降も、各国はより野心的な(ambitious)な目標を設定することが強く求められています。これは、単に目標値を引き上げるだけでなく、達成に向けた具体的な政策や投資を加速させることを意味します。
- 再生可能エネルギーの導入拡大:太陽光、風力、水力といったクリーンエネルギーへの大規模な転換が不可欠です。
- 省エネルギーの徹底:産業、家庭、交通などあらゆる分野で、エネルギーの無駄をなくし、効率的な利用を促進します。
- 持続可能な社会システムの構築:循環型経済への移行、環境に配慮した土地利用、食料システムの変革など、社会全体の脱炭素化を進めます。
- 排出量取引制度や炭素税の導入・強化:市場メカニズムを活用して、経済活動全体に脱炭素化のインセンティブを与えます。
- 研究開発と技術革新:CO2回収・貯留(CCS/CCUS)技術、水素エネルギー、次世代バッテリーなど、革新的な技術の開発と普及が不可欠です。
3.公平な移行と途上国支援の重要性
パリ協定は全ての国に参加を求めていますが、気候変動への対策能力や責任は国によって異なります。歴史的な排出量の多さや経済力の違いを考慮し、先進国が途上国の気候変動対策や適応策に対し、資金、技術、能力構築の面で支援することが極めて重要です。この「公正な移行(Just Transition)」の概念は、持続可能な社会をグローバルに実現するために不可欠な要素です。
約束期間が示す、地球の未来への私たちの責任
「約束期間」という概念は、気候変動という人類共通の脅威に対し、国際社会がどのように責任を共有し、具体的な行動を計画してきたかを示す歴史の軌跡です。京都議定書での法的拘束力を持つ目標設定から、パリ協定での全ての国による自主的な貢献(NDC)と、その継続的な強化プロセスへと進化してきました。
私たちは今、地球の平均気温上昇を1.5℃に抑えるという、極めて挑戦的な目標に直面しています。この目標達成のためには、これまでの「約束」をさらに超える、より野心的な目標設定と、そのための具体的な行動の加速が不可欠です。それは、政府や企業だけでなく、私たち一人ひとりの日々の選択と行動も含まれます。
約束期間は、私たちに「いつまでに、何を成し遂げるべきか」という具体的な時間軸と責任を示しています。この時間軸の中で、国際社会が真に協力し、技術革新を加速させ、持続可能な社会システムへと移行していくことができるかどうかが、地球の未来、そして私たちの子孫が安心して暮らせる世界を実現できるかどうかの鍵を握っています。
気候変動対策は、私たち自身の生命と、地球というかけがえのない惑星を守るための、最も重要な「約束」です。