温暖化対策・GHG排出削減の用語集

温暖化対策・GHG排出削減の用語集

REDD+とは

私たちが暮らすこの地球にとって、森林はかけがえのない宝物です。酸素を生み出し、二酸化炭素を吸収し、豊かな生物多様性を育み、そして私たちの生活に欠かせない恵みをもたらしてくれます。しかし今、特に開発途上国において、この大切な森林が驚くべき速さで失われています。農地への転換、違法伐採、過剰な薪炭材の採取など、様々な要因によって森林は破壊され、その結果、大量の二酸化炭素が大気中に放出され、地球温暖化を加速させています。

この壊滅的な森林破壊と劣化に歯止めをかけ、地球温暖化対策に貢献するために、国際社会が協力して取り組んでいるのが「REDD+(Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation and the role of conservation, sustainable management of forests and enhancement of forest carbon stocks in developing countries)」です。

REDD+は、一言で表すなら「開発途上国における森林保全を通じて、温室効果ガスの排出削減を目指す取り組み」です。しかし、その真髄は単なる排出削減に留まりません。それは、森林が持つ多面的な価値を認識し、地域住民の生活改善や生物多様性の保全といった要素も統合することで、持続可能な森林管理と開発を同時に実現しようとする、包括的なアプローチなのです。まるで、森林を「緑の防衛線」として捉え、地球温暖化と生物多様性の損失という二重の危機から地球を守ろうとする、壮大な国際協力プロジェクトと言えるでしょう。

なぜ開発途上国の森林保全が、これほどまでに重要なのでしょうか? そして、REDD+は具体的にどのような仕組みで、どのように私たちの未来に貢献しようとしているのでしょうか? この複雑で多岐にわたる取り組みの意義と、その具体的な内容、そして未来への期待を深く探っていきましょう。

なぜREDD+が必要なのか?:森林破壊と気候変動の密接な関係

REDD+の必要性は、森林破壊が地球温暖化に与える深刻な影響と、それが開発途上国に与える経済的・社会的な影響に深く根ざしています。

1.森林破壊がもたらす地球温暖化への影響

森林は、成長する過程で光合成を通じて大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、その幹や葉、土壌に炭素として貯蔵する「炭素吸収源」としての重要な役割を担っています。しかし、森林が伐採されたり、劣化したりすると、その貯蔵されていた炭素がCO2として大気中に放出されます。さらに、伐採された木材が燃やされたり、放置されて腐敗したりする際にもCO2が排出されます。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によると、世界の温室効果ガス排出量の約10~12%が、森林減少と森林劣化によるものとされています。これは、世界の運輸部門全体からの排出量に匹敵する、あるいはそれ以上の規模であり、気候変動対策において森林の役割がいかに大きいかを示しています。

2.森林破壊の主な要因:開発途上国の現実

開発途上国では、先進国とは異なる要因で森林破壊が進行しています。その多くは、貧困、人口増加、そして経済的な圧力と密接に関連しています。

  • 農地への転換:最も主要な要因の一つです。焼畑農業や、大豆、パーム油、牛の放牧などの大規模農業のために森林が伐採されます。これは、食料需要の増加や国際的な商品市場の圧力とも関係しています。
  • 違法伐採と木材需要:国内外の木材需要に応えるための違法な伐採が横行しています。これは、ガバナンスの脆弱性や貧困に起因することが多いです。
  • 薪炭材の採取:多くの開発途上国では、調理や暖房の主要な燃料として薪や木炭が使われており、過剰な採取が森林劣化を引き起こしています。
  • インフラ開発:道路建設、鉱山開発、水力発電ダム建設などが森林を分断・破壊します。
  • 自然災害と病害虫:気候変動の影響による干ばつや森林火災の増加、病害虫の蔓延も森林劣化の一因となります。

これらの要因は、単独で作用するのではなく、複雑に絡み合って森林破壊を加速させています。そして、森林破壊は、CO2排出だけでなく、生物多様性の損失、土壌浸食、水資源の枯渇、地域住民の生活基盤の喪失といった、多岐にわたる環境・社会問題を引き起こします。

3.REDD+の誕生:気候変動交渉の舞台から

このような状況を踏まえ、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国会議(COP)において、開発途上国の森林保全を気候変動対策に組み込む議論が活発化しました。そして、2007年のCOP13(バリ)で「REDD」の概念が承認され、その後、森林の保全・持続可能な管理・炭素蓄積の強化という要素が加わり、「REDD+」へと発展しました。

REDD+は、森林保全活動を通じて得られる「排出削減量」を、国際的な排出量取引や資金メカニズムの対象とすることで、開発途上国が森林保護に取り組む経済的なインセンティブを与えることを目指しています。

REDD+の5つの活動要素:多面的なアプローチで森を守る

REDD+は、その名称が示すように、単に「森林減少と森林劣化からの排出削減」だけでなく、さらに三つのプラス要素を加えた、計5つの活動要素から構成されています。

  1. 森林減少からの排出削減(Reducing Emissions from Deforestation):

    森林が農地や牧草地などに転用されることによる、大規模な森林破壊からのCO2排出を削減する活動です。これは、REDD+の最も直接的な目的の一つであり、地球温暖化対策に大きく貢献します。

  2. 森林劣化からの排出削減(Reducing Emissions from Forest Degradation):

    森林の一部が破壊されたり、木材の過剰な採取によって森林が薄くなったりすることによる、CO2排出を削減する活動です。違法伐採の取り締まりや、持続可能な森林管理の導入などがこれに当たります。

  3. 森林保全(Conservation of forest carbon stocks):

    既存の森林を保護し、その中に蓄えられている炭素を維持する活動です。国立公園の指定や保護区の拡大、地域住民による森林管理などが含まれます。これは、CO2排出を「防ぐ」だけでなく、生物多様性の保全にも直結します。

  4. 森林の持続可能な管理(Sustainable management of forests):

    木材生産やその他の森林資源の利用を、将来にわたって森林の健全性を維持しながら行う活動です。計画的な伐採、適切な再植林、森林資源の多目的利用などが含まれ、森林の生態系サービスを長期的に維持することを目指します。

  5. 森林炭素蓄積の強化(Enhancement of forest carbon stocks):

    植林や再植林、荒廃した土地の回復などを通じて、森林によるCO2吸収量を増やし、森林内の炭素蓄積量を増加させる活動です。これは、大気中のCO2を積極的に吸収し、貯蔵する「ネガティブ・エミッション」の一種とも言えます。

これらの5つの要素を組み合わせることで、REDD+は森林の減少・劣化を抑制するだけでなく、森林の質を高め、その炭素吸収・貯蔵能力を強化し、さらに森林が持つ生態系サービス(水資源涵養、土壌保全、生物多様性維持など)も保護することを目指しています。

REDD+の実施メカニズムと課題:未来への道筋

REDD+は、単なる概念に留まらず、実際に開発途上国でプロジェクトが実施され、成果を上げ始めています。しかし、その実施にはいくつかの複雑なメカニズムと課題が存在します。

1.資金メカニズムとインセンティブ

REDD+の核心は、「排出削減の成果に基づく資金提供(Results-Based Payments)」です。これは、開発途上国が森林保全活動を通じて実際にCO2排出量を削減したり、吸収量を増やしたりした実績に応じて、先進国や国際機関、民間企業などから資金が提供される仕組みです。

  • 国際的な資金提供:UNFCCCの下で設立された「緑の気候基金(GCF)」や、世界銀行の森林炭素パートナーシップ基金(FCPF)などから資金が提供されます。
  • 二国間協力:日本を含む先進国が、開発途上国と直接協力してREDD+プロジェクトを支援し、資金や技術を提供します。
  • 排出量取引との連携(議論中):REDD+による排出削減クレジットを、国際的な排出量取引市場で取引可能にする仕組みも検討されています。これにより、民間資金の流入を促進することが期待されます。

この資金インセンティブによって、開発途上国は森林を伐採するよりも、保護・管理する方が経済的なメリットがあると感じるようになり、持続可能な森林管理への移行を促します。

2.REDD+実施のための主要な要素

REDD+を効果的に実施するためには、以下の要素が不可欠であるとされています。

  • 国家レベルの戦略と行動計画:各国が自国の森林破壊の要因を特定し、それに対処するための包括的なREDD+国家戦略を策定する必要があります。
  • モニタリング・報告・検証(MRV):森林の炭素蓄積量の変化を正確に測定し、報告し、第三者による検証を受けるための信頼性の高いシステムが必要です。これにより、資金提供の根拠となる排出削減量の透明性と信頼性が確保されます。
  • セーフガード:REDD+活動が、生物多様性に悪影響を与えたり、先住民族や地域住民の権利を侵害したりしないようにするための「セーフガード(保護措置)」の遵守が義務付けられています。これは、REDD+が単なる炭素削減の手段ではなく、社会・環境的な公正さを重視する持続可能な開発のツールであることを意味します。
  • 土地利用ガバナンスの強化:森林破壊の根本原因に対処するためには、土地の所有権の明確化、違法伐採の取り締まり、腐敗の防止など、森林・土地利用に関するガバナンスの強化が不可欠です。

3.REDD+が直面する課題

REDD+は大きな可能性を秘めていますが、その実施にはいくつかの課題も存在します。

  • 資金の確保と持続可能性:REDD+活動を持続的に行うためには、安定した大規模な資金供給が必要です。
  • ベースラインの設定:森林破壊がなければ将来どれだけのCO2が排出されたかを推計する「参照排出レベル(Reference Emission Level: REL)」の設定は、科学的に複雑であり、交渉の焦点となることがあります。
  • アドディショナリティ(追加性):REDD+の資金が、通常行われるであろう活動以上の「追加的な」排出削減に繋がっていることを証明する必要があります。
  • リーケージ(漏出):ある地域で森林保護が進んだ結果、森林破壊が別の地域に移転してしまう「リーケージ」のリスクを管理する必要があります。
  • ガバナンスと地域住民の参加:多くの開発途上国では、ガバナンスの脆弱性や地域住民の土地所有権の曖昧さが問題となります。地域住民の権利を尊重し、彼らの参加を得ることがREDD+の成功には不可欠です。
  • 測定・報告・検証の能力向上:多くの開発途上国では、森林炭素のMRV能力が不足しており、その技術的・人材的支援が必要です。

これらの課題を克服するためには、先進国からの継続的な支援、国際社会の協力、そして開発途上国自身の努力とコミットメントが不可欠です。

REDD+は「地球の肺」を守る希望

REDD+(開発途上国における森林減少・劣化からの排出削減等)は、開発途上国が森林保全を通じて温室効果ガス排出削減を目指す、包括的かつ画期的な国際協力の枠組みです。それは、単に森林を保護するだけでなく、持続可能な森林管理、炭素蓄積の強化、そして地域住民の生活改善や生物多様性の保全といった多面的な要素を統合し、地球温暖化と生物多様性の損失という二重の危機に立ち向かう「緑の防衛線」としての役割を担っています。

REDD+は、森林の炭素吸収源としての価値を経済的なインセンティブに変換することで、開発途上国が森林破壊の悪循環を断ち切り、持続可能な開発へと移行するための強力な手段となります。もちろん、その実施には資金、技術、ガバナンス、そして地域住民の権利尊重といった多くの課題が伴いますが、これらは国際社会の連携と協力によって乗り越えられつつあります。

私たちにとって森林は、まさに「地球の肺」です。このかけがえのない肺を守り、その機能を強化することは、気候変動対策の喫緊の課題であり、持続可能な未来を築くための希望そのものです。REDD+が示す道筋は、開発途上国と共に地球の未来を描く、壮大な共同作業なのです。この取り組みへの理解を深め、私たち一人ひとりが森林保護の重要性を認識することが、地球の未来を守るための一歩となるでしょう。